今月の言葉 No44
足もひかず66になりぬれば
なお60年も生きる気がする 土屋文明
なお60年も生きる気がする 土屋文明
従心会のスタッフ3人と高崎市の土屋文明館を訪ねた。そこで偶然この言葉を目にし、みんなで感心した。歌人・土屋文明が66歳の年は昭和31年で、この頃100歳以上の長寿者は全国で100人程度だったであろう(統計をとり始めた昭和58年で153人、今は6万人)。そんな時代に「126歳まで生きられる気がする」という言葉に驚き、共感し《我々も100歳まで生きられるよう努めよう》という気になった。
土屋文明は元総理大臣福田赳夫と同じ旧群馬町に生まれ育ち、現・高崎高校から東京に出て、伊藤左千夫の経営する牧舎で牧夫として働きながら東京大学を卒業し、30代で諏訪高女、松本高女の校長などを歴任、アララギ派を率い歌人として活躍した。
戦時中、東京・青山の自宅は空襲で全焼し、群馬・吾妻の山中で鍬を打ち、万葉集4500首の研究に冒頭し、戦後「万葉集私注全20巻」を著し、見事100歳まで生きている。土屋文明は万葉集研究のかたわら、日本や中国各地を歩き、草花にも興味を持ち、歌にも読みこんでいる。1980年には文化勲章を受章している。
長寿には《生きがいを意識し持ち、努力すること、そうすると生きる力が芽生える》 最近では《人間の寿命は遺伝子テロメアの長さで決まる》と言われている。昔、寿命はロウソクの長さに例えられ閻魔大王が管理していると言われた。テロメアは栄養、運動、好奇心、社会貢献などで自動調整機能を利かせば長くならないまでも、減るのを防げるかも!《人の命は我にあり、天にあらず 老子》 この旅では長寿について考えさせられた。
(青木青眠・従心会倶楽部会員)