最初の流行歌《カチューシャの唄》|従心会倶楽部

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従心会倶楽部 今月の言葉バックナンバー

今月の言葉 No43

最初の流行歌《カチューシャの唄》

カチューシャかわいや
わかれのつらさ
せめて淡雪 とけぬ間と
神に願いを(ララ)かけましょうか

カチューシャかわいや
わかれのつらさ
今宵一夜に降る雪の
明日は野山の(ララ)みちかくせ

作曲中山晋平晋平、 作詞島村抱月・相馬御風​

《カチューシャの唄》は流行歌の最初(1914年)と言われ、作曲は中山晋平である。作詞は1番が島村抱月、2〜5番は早稲田大学の学歌を作詞した相馬御風である。この歌は大正3年にトルストイの《復活》が上演される際の劇中歌として松井須磨子が唄い大ヒットし、今でも歌われている名曲だ。

 島村抱月の「日本の俗謡とドイツの歌曲の間をゆくもの」をという作曲注文に中山晋平は悩んだ。頂いた詩は七五調、これをモダンな歌曲風と どう融合させるか!  晋平は悩んだ末に、《ヨナ抜き》で日本調にし、囃し言葉のような《ララ》を入れたらどうかと思いつき《ララ》を入れ唄ってみたら『できた』となったという。 私は『ヨナ抜き』を知らない、調べて見ると『ヨナ抜き』とはドレミファソラシドの4(ファ)と7(シ)を抜いたものと解る。

 カチューシャの大ヒットの秘密は何?と 問われると、幾つかの要素が考えられる。《ヨナ抜き》の日本調と《ララ》による西洋風の融合も大きいが、島村抱月の企画力にあったと思う。島村抱月は英国留学の経験もあり、英国で『復活』を見ている、日露戦争後のトルストイブームをよみ、4年間440回という「復活」の全国講演で女優1号の松井須磨子に唄わせ、レコードも発売されている。テレビや広告媒体のない100年以上前の時代に全国的にブームを呼び興すのは至難の技だ。

 3月下旬信州白馬に滞在した。毎朝10㎝の雪が積もるのを見て気がついた。私の勝手解釈だが 《カチューシャの唄》の歌詞、”せめて淡雪とけぬ間に” ”今宵一夜に降る雪の”等には、中山晋平(中野市).相馬御風(糸魚川市)、松井須磨子(長野市)、島田抱月(山陰地方の浜田市)はみな雪国育ちであり、その詩と曲の背景に、雪国への郷愁があるように思える。

 ゆい人物館では《中山晋平》を紹介しております。興味のある方は下記よりご覧ください。
ゆい人物館: http://yuijinbutsu.web.fc2.com/index.html

(青木青眠・従心会倶楽部会員)

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